さよなら、犬とおじさん【エルデネト/モンゴル】
2回連続で続いたモンゴル旅行記の続きです。
未読の方はまずはこちらをどうぞ。
maniaceasterneurope.hatenablog.com
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一人で入るにはちょっと勇気のいるこぢんまりとしたガチ食堂に連れてってくれたおじさん。
これがモンゴル料理だよ、と頼んでくれたのはおとといウランバートルでも食べたものと同じメニューだった。
しかも、お茶を頼んだら、ビールジョッキに入ったお湯とリプトンのティーバッグを渡される(笑)
昼食後、「ちょっと仕事の買い物したいから君は車で待ってて」と、工具系の市場に車を停め、わたしを車に放置し犬と一緒に買い物に行くおじさん。
暖かい車内で待つこと20分くらい。
おじさんが戻ってきた。
何買ってきたのかな……わたしをバラすための道具でも買ってきたんだろうか……と再び心配になる。
が、不思議なもので、心配しつつも、何だかこのおじさんは悪い人という気がしない。
世界にはこうした自分の勘に頼って知らない人についていって、そのまま行方不明になる人もいるんだろうなぁと考えつつ、
どうせ行くとこもないからと、誘われるがままおじさんのアパートに遊びに行くことに。
アパート前でおじさんと親しげに話していたロシア人の少年。
わんこはいつも一緒で、家族のように可愛がっていた。
おじさんのアパートの部屋はキッチンと居間と寝室だけの狭い部屋だった。
部屋のあちこちに漂う独り身感。
キッチンのテーブルの上には食べかけのお菓子やパン、お皿に乗った果物が置いてある。
よく分からないけど少し切ない気分になりつつも、さっき買ったモンゴルの揚げパンをチンしてもらって食べる。
お茶を飲んで一休みしていると、「見せたい写真があるんだ」とPC前の椅子に座らされた。
そして、そこから約3時間、どれもこれも似たようなキャンプ場の大自然写真や動画をひたすら披露してくるおじさん。
なぜか時々、手術の動画も紛れており、「君は興味ないよね」と言いつつ、腹をかっさばいて中身をごそごそやってるグロ動画を公開(笑)
一体このおじさんは医者なのか、それともシリアルキラーなのかと、ほんの少しだけまた不安になった。
18時頃、やっと「わたし、明日のウランバートル行きのバスの時間調べに行くから帰るね」とおじさんに告げる。
すると、やはり予期していた展開が。
「……今夜はうちに泊まって良いよ。ホテルはチェックアウトして、うちでゆっくりしなよ」
「ありがとう……でも帰んなきゃ……」
突然泣きそうになるわたし。
おじさんが怖いからではなかった。
なぜだか勝手に、おじさんが本気で寂しがってわたしを引き留めようとしている気がしてしまったのだ。
まぁこれもこちらの都合の良い思い込みである可能性もあり、こういう勘違いをした奴らが海外で行方不明になるんだろう(笑)
おじさんは結局、わたしが警戒してビビってると思ったのか、「わかった。じゃあバスターミナルまで一緒にいこう」と、ついてきてくれた。
外はいつの間にか夕暮れ時。
旧共産圏の建物とノスタルジックな夕焼けが素敵だなぁ……とこの時しみじみ感じたのを覚えている。
無事に翌日のバスの時間を確認しほっと一安心。
時間はまだ19時前。
すっかりおじさんに懐いてしまったバカなわたしは「馬乳酒を飲んでみたい」とわがままを言う。
彼は、「なかなか売ってないよ」と言いつつ友達に電話をし、わざわざ馬乳酒を手配してくれた。
そして、昼間、山頂に行く時に通ったような村エリアに行って、友達から自家製の酒を3種類入手してくれたのだ。
チーズをすっぱくしてお酒にしたような不思議な味だった。
村民自家製の馬乳酒は、ピクルスの瓶に髪の毛とともに入っていた。
おじさんの部屋で馬乳酒をのんでいると、21時頃にまた「ちょっと仕事の用事があるから」と外出する彼。
「シャワー使ってもいいし、インターネットやってもいいし、自分ちみたいに使っていいからね」と言い残し犬とともに出ていった。
……まずったな、余計に別れづらくなるぞ、と思いつつも、あったかくて狭いおじさんの部屋はすごく居心地がよくて、本を読みながら帰りを待った。
待っている間、その日一日の想い出が走馬灯のようによみがえってくる。
朝出会ったばかりだけど、もう何日も一緒にいるみたいだな。
一緒にジープ乗っていろんなところに行って、いろんなもの食べて、お互い片言の英語でいろんな話をして……
あ、さっき村に車で行く途中、ちっこいモグラみたいなやつが道路のど真ん中歩いてて、「何アレ!!」ってわたしが驚いたら、おじさんが真顔で「……犬だ」とか言ってて「UMAかと思った!!」なんて二人で笑ったなぁ……
そんなくだらないことまで思い出しているうちに、すごく悲しくなってきてしまう。
きっと彼が戻ってきたら、またわたしを引き留めるだろうな。
そんなことを考えていると、おじさんが帰ってきた。
「わたし帰るね」
そう告げると、驚いた顔で「なんで帰るの!今夜はうちにいてもいいのに!!」と言うおじさん。
すると、それまで頑張ってこらえようしていた涙がついに溢れてしまう。
おじさんはびっくりして「どうしたんだい、泣かないで、怖くないから」と必死に慰める。
「うん、怖くないのは知ってるよ。でも、ここにいたら明日別れるのがすごくつらくなるよ」と泣きじゃくりながら訴える。
何のメロドラマだ。
おじさんのことを完全に信用しきったわけではなかった。
ましてや何十歳も歳の離れたおじさんに恋したわけでもない。
しかし実際、この部屋はすごく居心地が良くて離れたくない気持ちもあった。
静かであったかくて、聞こえてくるのは犬の寝息だけ。
できることならこのままここに一週間くらいいたい気分。
おじさん、寂しいのかなぁ。
ずっと一人で暮らしてきたのかな。
わたしのわがままもきいてくれて、でも無理矢理何かしようとはしてこなくて。
そんなことを考えてたら涙が次から次へと溢れて止まらない。
これはいかん!とおじさんをはねのけ、「ごめん、やっぱり帰る!」とブーツを履き始める。
すると、玄関で寝ていた犬が、わたしの目を見つめながらブーツの紐を前足で押さえてくるではないか。
なんだよ、君までわたしに行くなというのか……と余計に悲しくなって泣き続けるわたし。
でも、おじさんはしぶしぶさっきの馬乳酒をペットボトルに詰め替えて、わたしに持たせる準備をしてくれた。
「……行かないでくれ。今夜はここにいておくれ」
靴を履き終えたわたしの頭をなでながらつぶやくおじさん。
しかし、わたしは心を鬼にしてドアを開けた。
おじさんのアパートからホテルまではたった100メートル。
彼は犬と一緒にホテルまで送ってくれた。
最後に「じゃあね」と、泣きじゃくるわたしをフロントまで見送って、彼は去っていった。
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実はこの旅日記は、当時運営していたブログから大部分を引っ張ってきたものなので、旅行の詳細なる記録と、その時のかなりリアルな感情を色濃く残している。
正直この記事は公開しようかどうしようかかなり迷った。
知らない人についていって、さらには家にまで行くとは何事だ、自分からトラブルに遭いに行っているようなもんじゃないか、バカじゃねーのと、ポーランド生活で警戒心の強くなってしまった今のわたしだったら思うし、他人からそう非難されてもおかしくないだろう。
しかし。
たった1日しか一緒にいなかったのにも関わらず、あれから7年たった今でも、思い出すとじんわり胸が痛くなってくるおじさんとの思い出。
世間とは断絶されたような小さな街の、華やかさのかけらもない、古くて陰気臭くて狭くて薄暗いアパートで、犬と一緒に質素に暮らすおじさん。
いまだにあのおじさんの正体は不明で、実はシリアルキラーやサイコパスだったかもしれないし、ただの暇な優しくて寂しがり屋のおじさんだったのかもしれない。
最後まで謎だったけど、もう二度と会うこともないであろうおじさんとの思い出をここに残すことにした。
(最終訪問日:2013年10月)